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Monochrome Circus『アンサンブルプレイ』を見て、久しぶりに思い出した感覚の話

こんにちは、ロフトワーク京都でディレクターをしている堤です。普段はロフトワークとバンドとアンテナというWebメディアの3つの軸で生活しています。先日初めてコンテンポラリーダンスに触れたのですが、自分の想像以上に感動してしまって、そのことを共有したいと思ったのでコラムとして書かせていただきます。

 

みなさんも実際に聞いたことのないアーティストや、見たことのない映画の名前や概要を繰り返し見聞きして、あたかもよく知っているかのように扱ってしまった経験はありませんか?僕はたまにあるんですが、実によくない。情報発信の全盛期、多くの意見や情報に容易にアクセスできる現代だからこそ、自分の肌で感じるということが大切になっている気がします。

 

少し前の話になってしまうのですが、Monochrome Circusの『アンサンブルプレイ』という公演を見にいき、そこで「コンテンポラリーダンスってよくわからん・難しいもの」という妙な先入観をメリメリとぶっ壊せたんですよね。

 

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僕が最初にインプットしたコンテンポラリーダンスのイメージ(Monochrome Circus 合田有紀)

 

見たことがないのに勝手に高尚なものだと思っていた

 

実は僕はコンテンポラリーダンスって自分には理解できないと思い込んでいて、見たことがなかったんですよね。ようは食わず嫌いです。ちなみに今回見に行ったMonochrome Circusは、京都で活動しているパフォーマンス集団で、ダンスの公演以外にも身体を使ったワークショップなんかも精力的に行っています。メンバーの一人合田有紀さんをアンテナで紹介したり、彼らに接するチャンスがあったにも関わらず、どこか自分の世界とは違うものとして遠くに置いてしまっていた。そんな中『アンサンブルプレイ』を見に行くきっかけをいただき、それなら一度見てみようじゃないかという気持ちになりました。新しいものを取り入れないと感度は鈍る。最近自分の知っているものの枠の中でしか生活できていないことを感じつつあったので、そういう意味では本当に良い機会だったんです。

 

見に行くことにしたはいいものの、実はちょっと不安でした。「理解できなかったらどうしよう」とか、「面白いって思えなかったらどうしよう」と思っていたんです。しかもカルチャーを取り扱うwebマガジンなんぞやっているものだから、「きちんと言語化せないけんのじゃあ……!」という強迫観念じみたものもあったわけです。

 

同じものを見ているはずなのに誰かと共有ができない

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photo by Sajak Kim 

 

しかし公演を見てそんな不安は一瞬で吹き飛びました。めちゃくちゃ面白かったわけです。今回の『アンサンブルプレイ』は、二部構成。その後半に当たる、『グランドホテル ~ Dance in Building ~』は、ステージという枠を取り払い、15人のダンサーが空間全体を使ったパフォーマンスとなっています。ステージと客席の区別もないため、最初はお客さんとダンサーさんが交じり合って区別すらつきません。今までお客さんだと思っていた人が急に動き出して、壁に向かって一心不乱に歩き出す。棒を使って遊びだす。中にいる自分のパーソナルなスペースは意図も簡単に侵されていく面白さ。そしてダンサーのみなさんの強い視線と、ピンと伸びた肉体の美しさに釘付けになりました。

 

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photo by Sajak Kim

 

『グランドホテル ~ Dance in Building ~』は15人ものダンサーが同時多発的に、360度の空間を使ってパフォーマンスを行うから、一回で全てのストーリーを追い切ることはほぼ不可能。お客さんの立ち位置や人数によってパフォーマンスも変わるため、二度見たとしても同じものが見れるという可能性も低い。ステージを取り払うことによって、ひとつの時間の流れを共有するというパフォーマンスの大前提が崩れ、偶然性や事件性が生まれる。そのため同じ公演を見ている他の人とすら、見たものを全く同じ形で共有ができないということが新鮮で、「また見たい」と思わせるなにかがそこにはありました。今でこそこうしてある程度言語化できていますが、公演中はわけのわからない不思議な感覚に包まれていたのを覚えています。

 

「なんかよくわからんけど良い」ものを探そう

 

「Don’t think, feel」これは『燃えよドラゴン』の冒頭シーン、ブルース・リーの言葉で、僕の大好きな言葉のひとつでもあります。言語って人に伝えるために必要だし、アウトプットとして大切なんだけど、それ以前に”感じること”を最近忘れがちだったなと思いました。理解なんかできなくても、良いと思えるものや瞬間って沢山があるんですよね。鳥肌がたつのは理屈ではないはずです。現場へ足を運び、感覚を研ぎ澄ます。普段見逃しがちなことや、気に留めていないことを意識して五感で感じるということ。子供の頃に感じたあの得体のしれない高揚感、それを久しぶりに思い出した気がします。コンテンポラリーダンスまじですげえから、みんなも見ようぜ……!

 

まだまだ見たことないこと、知ったつもりになっているものが沢山ある気がするので、色々足を運びたいなあ。

 

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Panom / Shutterstock.com

堤大樹 堤大樹

ロフトワーク京都のディレクター。
バンドとロフトワークとメディア活動の三足の草鞋を履きたい、履けない、履ききりたい。