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アルス・エレクトロニカ(Ars Electronica)体験レポート 2016【後編】

 
ars21石井先生のKeynoteスピーチ:カンファレンス・ホールは、黄色い楕円形のステージと5面ディスプレイ、円形劇場型の客席という面白いスタイル
 
前編に続きアルス・エレクトロニカ(以下アルス)の体験レポートをお届けする。
結論から先に書くと、アルスはエコシステムそのものだった。

象徴的なシーンで紹介しよう。僕らは、ストッカー氏に強く勧められて、POSTCITYの地下に展示されている「Exhibition – The Alchemist of our time」の作品群を観てまわった。ars22

POSTCITYの地下(かつての巨大な郵便配送センター跡地。写真は滑り台ではなく郵便物専用の仕分けライン)
 

空間の特異性も相まって、どの作品も素晴らしくクールだった。

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なかでも僕らが気に入ったのは、「Black Hole Horizon」と題された作品で広大な空間の中で、巨大なラッパ状の装置から爆音とともに吹き出てくる巨大なシャボン玉が目の前で盛大に弾けるインスタレーション。
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 「ブォーーーーン」という管楽器の低音のような音とともに目の前まで大量のシャボン玉が吹き出てくる。
 
一通りの展示を見終わって、会場に設置されたカフェテリア(Bio Cafe)でランチを取っていると、フラッと藤井先生がやってきて雑談に交わった。
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そこにまたMIT Media Labの石井先生が、先の「Black Hole Horizon」の作者であるアーティスト(Thom Kubli)を引き連れてカフェにやってきた。千晶さんは、とても嬉しそうにアーティストと石井先生と会話をし始める。さらに隣で食事していた東大の山中先生もそこに加わる。石井先生は、山中研の作品を観たい、森美術館館長の南條さんは、藤井先生の作品を観たいと散っていく。これは、一時の出来事だったけれど、とても興味深いシーンだった。

 
(日本人の参加が多かったとはいえ)これだけの知識人の交流を設定するのは容易でない。こういう社交が至るところで自然発生的にできるのがフェスティバルならではだ。きっと期間中には、ここだけでない様々な出会いと新しいプロジェクトが生まれたに違いない。そう予感できる象徴的な出来事だった。
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藤井さんの作品「Neighbor」(ヘッドマウントディスプレイを使った身体拡張のパフォーミングアート)を観に来た南條さんはダンスを体感することに。
 
さらに、このランチタイムにアルス職員の小川さんも突然きた。僕は、ここぞとばかりに小川さんに質問攻めした。「つまるところアルスって何ですか?」と聞くのは野暮だから、アルスを構成する要素から教えてもらった。
 
アルスは主要な四つの要素(Festibal, Prix, Center, Future Lab)を軸としてダイナミックに活動していることは、あらかじめ知り得ていた情報と同じだった。小川さんによると、さらにExport(アルスの活動を海外展開するチーム)やSolutions(企業や地域と課題解決に取り組むチーム)があり、そしてこの度、小川さんをリーダーとするJapanチームが立ち上がったという。
 
Japanチームは、アルスが日本の企業と提携してアルスのエンジン(資金源)を廻す活動を展開するそうだ。今回、アルス側が把握しているだけで250人もの日本人がフェスティバルに来ていることを見ても日本は重要な国らしい。加えて、フェスティバルには出展だけでなく、多くの日本人ゲストスピーカー(南條さん、千晶さん、福原志保さん、落合陽一さん、TKことTetsuya Komuroさん他)が招待されていたから、資金だけでなく日本とのネットワーキングにも注力しているようだ。
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エコシステムとしてのアルス・エレクトロニカについて、いくつかの体験を紹介しよう。メイン会場のPOSTCITYは、昨年もフェスティバル期間の会場として利用され、会場として外部に開いた経験から、最近まではシリア難民のキャンプとして活用されたそうだ。フェスティバルのカンファレンスホールには、そのシリア難民と同じ数だけの草花が植えられ当時の写真パネルが展示されていた。アルスの小川さんいわく、アルスが街の風通しを良くする役割を担っていて、他にも街なかの使われなくなって閉鎖された施設をアルスがアート企画を展開し、その後、別の用途として再生されているとのこと。
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父親が我が子を抱えて俯いている写真には、つい最近、父親になった身として心が締めつけられ苦しくなる。日本では遠い異国のシリア男性の悲しさに触れる体験はなかった。アルスはメディアでもある。
 
もう一つは、子供や地元の若者が多数参加していたこと。来場者も親子づれが沢山いた。アルスはインタラクティブ・メディアアートの先端だから、尖った人の高尚な集まりだと思っていたけれど、実際は子供の為のプログラムやデモ展示、ワークショップが沢山あったし、Maker FairのようなブースやU19向けの企画、Hackathonの開催など参加者の顔ぶれはかなり多様だ。
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U19のセレモニー式の模様。テーブルの上にはゴールデン・ニカ(アルス・エレクトロニカ賞のトロフィー)。小学高学年くらいの男の子が、スピーチをして会場から拍手喝さいをもらい、ストッカーさんと握手をしている姿が印象的だった。子供たちが、ここから未来のグランプリ受賞者が誕生するかもしれない。先端のアートとテクノロジーに触れる機会や未来の若きクリエイター育成の機会もアルスは同時に提供している。
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フェスティバルのハイライトの一つとして、今年は光るドローンが100体、ドナウ川の上空に舞った「DRONE 100」。カメラには収まらないほど、DRONE 100を観る為にドナウ・パークに集った人たち。
 
 
アルスはドローンのパフォーマンスを長年バージョンアップさせていて、今年もその進化をお披露目する(スポンサーはインテル)。DRONE 100の会場となったドナウ・パークには10万人もの人が集まった。リンツの人口が19万人だから凄い数だ。さながら街の納涼祭のよう。親しい人たちと集まって、花火の代わりに、空中を光りながら編隊して飛ぶドローンのライブ・パフォーマンスを市民が楽しんだ。アルス・エレクトロニカは、リンツの街の為に存在している事を改めて認識させられる。

アートとサイエンスの交差点に生まれる新しい表現と実験を繰り返し、人と人が交流し結実し、再びアート作品やデザイン活動となって社会に還元される。そのソサイエティから次の世代への課題や題材、そして人材が見つかりクリエイター達が創作に取り組む。この循環するエコシステムがアルス・エレクトロニカそのものだ。
 
アルスの様々な活動と作品の一つ一つが磁場であり、活動と活動、人と人の間に電磁波のような交流が走った時に(DRONE 100のように)一時的に発光して全容が垣間見える神経系のようなものがアルス・エレクトロニカとも表現できる。
ドナウ川でのナイトイベントに連動して発光するアルスエレクトロニカセンター。
 
かつてアルケミスト(Alcemist)と呼ばれた人々は、卑金属から金属を生み出そうとしてみせたから錬金術師として敬われた(怪しまれもした)けれど、現代から振り返ってみると彼らは他者に先駆けて自然科学を研究し、社会の新しい叡智を創造したクリエイターだ。中には近代化学と社会発展に大いに貢献した人もいたという。
 
今回のフェスティバルのシンポジウムテーマ「The Alchemists of our time」に南條さんがゲストスピーカーとして招待された。
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南條さんは、冒頭、千利休が茶器の美の概念をワビサビによって変えた例をもとに、Alcemistとは、時代の価値感(美)を未来に向けて大きく変化できる人だと定義した。そして現代のArtistもまた、時代背景と社会を観察して創作した自らの作品(プロジェクト)を通じて、既成の価値感を変えられる存在だとして、未来に向けても重要な存在であると今回のテーマに話をつなぐ。森美術館と最新の茨城県北芸術祭の出展作品を例に出しながら、サイエンスやテクノロジーを巧みに導入する現代版のAlchemists≒Artistsを紹介した。特にバイオテクノロジーなどの自然科学、合成生物学の最先端がアートの世界にも入ってきている事は特筆できる。現代版のアルケミストを挙げるとしたら、それはアーティストやデザイナーなどのクリエイターのことだと言っても異論は少ないだろう。
 
南條さんは、最後にこう付け加えた。「アーティスト(=現代のアルケミスト)になりたいですか?もし、なりたいと願うなら、あなたもアーティストになることができる時代です。」
 
翌日は、Future Innovation Summit (FIS)のプログラムのなかで千晶さんがFabCafeについて講演。千晶さんも「欲しい未来は自分たちの手でつくりたい。願った誰もがクリエイティブになれる。その為にFabCafeを作った」と話していたことが印象的だった。子供も女性も、誰もがFabCafeを楽しめる(愛している)。世界に少しずつ増えているFabCafeはフランチャイズ・ビジネスモデルではない。デジタルファブリケーションの文化が進んで、ビジネスの裾野も広がるだろうけれど、FabCafeを世界で立ち上げる時、その条件はビジネスモデルよりもヴィジョンの共有ができるかだと紹介した。
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FISのセッションでは、千晶さんの他に福原志保さん、デイヴィッド・ベンジャミンさんなど、バイオテクノロジーとアート・デザインに関わる登壇者が多かった。千晶さんは講演後、「プレゼンの中に(FabCafe MTRLの中に)新しくできたバイオラボのこと入れればよかった…。」と後悔していたが「でもまだ始まっただけで、なにも生み出してはいないから紹介するのは控えようと思っていた。」とも言っていた。体現してナンボの千晶さんらしい。
 
プログラムとゲストの構成からして、アルスが「現代版アルケミスト」を生み出そうとしていることを感じる(しかも市民の誰もが参加して、そうなれるように)。加えて今後はバイオサイエンス、バイオテクノロジーが重要な要素であることも伝わってくる。かつてアルスは「アートとエレクトロニクス(電子)」が先端であったように、今後はアートとバイオ、そして社会をつなぐデザインが主題となっていくのだろう。ars34
筧研の展示より。光合成する植物を動力源として動くロボット。動きはシュールだけれど自然と共生する未来のものづくりに向けては示唆がある。
 
MIT MediaLabの所長の伊藤穰一(とNeri Oxman)が提言する「Crabs Cycle for Creativity (創造性のクエン酸回路)」は、アートとサイエンスとデザイン、そしてテクノロジーの四つの領域をまたがって、人体の酸化還元サイクルのようにお互いが効果的に循環作用する視点で、自然と社会を観察して考察し、創造活動することを一人一人に奨めている。この創造活動には「大いなる実験」が伴う。
 
クリエイター(アルケミスト)もアルス・エレクトロニカも名前はあるが定義は難しい。けれど、両者はともに何度も実験を繰り返して、価値の存在を証明し、継続して人の繋がり構築し、持続的に成長していることは確かだ。実験は閉じた研究室の中でなく、街と人を巻き込んで実社会の中で行われ、成果は世界中に還元されている。アルスとは、実験場であり、社交場であり、メディアだ。何通りにも表現できる稀有なシステムの一端を体験できたことをとても嬉しく思う。この壮大な社会実験とエコシステムに一度でも関わったら、「自分もアルケミストになりたい、その一部に関わりたい」と思わせてくれるのがアルス・エレクトロニカのもつチカラであり魅力だ。
 
ロフトワークも名前はあるが実態を定義しづらい。南條さんから「ロフトワークって何なのか、聞いてもいつも説明してくれないんだよね。」と言われてしまった。いつもの様に、やっぱり一言では上手く説明できないけれど、いつか「ロフトワークも大いなる実験をしながら、誰もがクリエイティブ(アルケミスト)になれるような社会をつくるエコシステムです。」と胸を張って言える日を目指したいと決意を新たに持てたアルス・エレクトロニカ体験だった。
 
以上でアルス・エレクトロニカの体験レポートは、おしまい。
 
番外編があるので興味ある方はそちらもどうぞ。
 
松井 創 松井 創

千葉大学工学部卒。ポータルサイト運営会社を経て2012年にロフトワーク入社。マーケティングdiv.にてWebサイトや企業の新製品・新サービスのコンセプト策定、建築空間・コミュニティの計画からコミュニケーション戦略まで幅広くプロデュース。新しいものをつくること、ものづくりが好き。あだ名は、はじめちゃん。aguchiLoftwork inc.
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